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Q&A 完全版
実践・身体操作編
はじめに
前回の「ippon blade Q&A 完全版」では、開発経緯、価格設定、安全性、製品の特徴、そして私達がなぜippon bladeを作り続けているのかについてお話しました。
一方で、実際には、
どう歩けばいいのか。
どう走ればいいのか。
なぜラクになるのか。
なぜ速くなるのか。
なぜバランスが変わるのか。
そうした実践的な質問も数多くいただきます。
ですが私は、特定のフォームや型を教えたいわけではありません。
なぜなら、フォームは結果であり、本質はその背景にある原理だからです。
有名選手のフォームを真似しても、侍や忍者の歩き方を真似しても、ナンバ走りや江戸走りを真似しても、原理を理解していなければ再現できません。
逆に、原理を理解していれば、様々な身体技法やスポーツを理解し、状況に応じて使い分けられるようになります。
そこで今回は、Q&A完全版の続編として、私達が日々の実践や指導の中で伝えている身体操作の考え方についてお話していきます。
Q. 歩くことと走ることの違いは何ですか?
多くの人は、歩くとは脚を動かすこと、走るとは脚を速く動かすことだと思っています。
ですが実際には違います。
人間は脚によって移動しているのではありません。重心を移動させているのです。
脚はその結果として動いているに過ぎません。
その場でどれだけ速く脚を回転させても、重心が移動しなければ前へは進みません。逆に、重心が移動すれば、脚は自然とそれを支えるために動きます。
歩行も走行も、本質的には同じです。
違いは、重心をどのように移動させるかです。
重心とは、身体全体の重さが集まっている仮想的な一点です。そして身体は常に、その重心を支え続けようとしています。
ここで重要になるのが支持基底面です。
支持基底面とは、身体を支えている土台のことです。立っている時なら足裏。片脚立ちなら接地している片脚。ippon bladeであれば、歯が接地している一点が非常に重要になります。
重心が支持基底面の中にある時、身体は安定します。重心が支持基底面の外へ移動すると、身体は動き始めます。
歩くという行為は、重心を支持基底面の外へ移動させ、次の支持基底面を作り続ける作業とも言えます。
だから私は、まず脚を見るのではなく、重心を見ることが大切だと考えています。
そして、その重心移動を大きく支配しているのが骨盤です。
Q. 骨盤前傾は本当に正しいのですか?
ランニングや姿勢指導の世界では、「骨盤前傾が正しい」という話をよく耳にします。
ですが私は、骨盤前傾そのものが常に正しいとは考えていません。
骨盤前傾には役割があります。骨盤後傾にも役割があります。そして骨盤立位にも役割があります。
大切なのは、どれか一つを正しい姿勢として固定することではなく、状況に応じて使い分けられることです。
骨盤前傾は、骨盤の重心を前へ移動させる動きです。
車で言えばアクセルです。
加速したい時。
登り坂を進む時。
ジャンプする時。
瞬間的な推進力を得たい時。
こうした場面では骨盤前傾が有効に働きます。
一方で、骨盤後傾はブレーキの役割を持ちます。
下り坂。
減速時。
着地衝撃を逃がしたい時。
滑りやすい場所。
こうした場面では、骨盤をわずかに後傾させることで、重心を後方へ調整しやすくなります。
そして、その前傾と後傾を使い分けるための基準になるのが骨盤立位です。
ここで大きな誤解が生まれます。
多くの人は、骨盤前傾と頭を前へ倒すことを混同しています。
ですが、頭を前へ倒すことと、骨盤の重心を前へ移動することは全く別です。
頭だけを前へ出すと、身体は前方へ崩れ始めます。支持基底面から重心が外れ、床反力を受け取りにくくなり、首、肩、腰、膝、足首に余計な力が入ります。
それは前進ではなく、転倒を脚で止め続けている状態です。
重要なのは、頭を倒すことではありません。
骨盤の重心を前へ運ぶことです。
能の摺り足を見ても、頭は前へ倒れていません。骨盤が前へ進み、その結果として身体全体が移動しています。
武道でも、舞踊でも、優れたランナーでも同じです。
頭が突っ込むのではなく、骨盤から重心が運ばれているのです。
Q. 骨盤立位(中庸)とは何ですか?
骨盤前傾が正しい。
骨盤後傾は悪い。
そのような説明を見かけることがあります。
ですが実際の身体は、そんなに単純ではありません。
人間は常に変化しています。
加速する時。
減速する時。
跳ぶ時。
着地する時。
集中する時。
休む時。
その都度、骨盤の角度も変化しています。
そこで重要になるのが骨盤立位です。
骨盤立位とは、骨盤前傾と骨盤後傾の中間にあるニュートラルな状態です。
私はこれを中庸と表現しています。
ただし、中庸とは真ん中で止まることではありません。
前にも行ける。
後ろにも行ける。
そのどちらにも偏らず、必要に応じて自由に移行できる状態です。
例えば、骨盤前傾が強くなると、身体は活動的になります。
伸筋群が働きやすくなり、交感神経も優位になります。
加速。
跳躍。
登坂。
瞬発動作。
こうした動きには有利です。
一方で、過剰になれば、反り腰や力み、呼吸の浅さにも繋がります。
逆に、骨盤後傾が強くなると、身体は安定方向へ向かいます。
屈筋群や深層筋が働きやすくなり、副交感神経も優位になります。
呼吸。
脱力。
安定動作。
長時間の姿勢保持。
こうした場面には有利です。
しかし、過剰になると、推進力を失い、動きは鈍くなります。
つまり、前傾が正しいわけでもなく、後傾が正しいわけでもありません。
重要なのは、どちらも使えることです。
アクセルも使える。
ブレーキも使える。
そして必要がなくなれば、いつでもニュートラルへ戻れる。
それが骨盤立位です。
骨盤立位では、伸筋と屈筋、表層筋と深層筋、求心性と遠心性、速筋と遅筋、交感神経と副交感神経が、対立するのではなく、状況に応じて協調しやすくなります。
本来の身体は、どちらか一方に固定されるものではありません。
前傾も使える。
後傾も使える。
そして、いつでも立位へ戻れる。
それが自由な身体です。
だから私が目指しているのは、骨盤前傾でも、骨盤後傾でもありません。
骨盤立位を基準として、必要に応じて自在に前傾も後傾も使い分けられる身体です。
その状態こそが、重力と床反力を最も自然に受け取りやすい状態でもあるのです。
Q. 床反力とは何ですか?
近年、ランニングやスポーツの世界では、「床反力を使え」という言葉をよく耳にします。
ですが、床反力そのものを誤解している人も少なくありません。
まず理解しなければならないのは、床反力とは、自分が勝手に作り出している力ではないということです。
床反力は、重力によって地面へ加えられた力に対して生じる反作用です。
つまり、重力があるから床反力が存在します。
床反力だけを単独で取り出して利用することはできません。
そして、床反力を受け取るためには条件があります。
それは、重心が支持基底面の上に適切に乗っていることです。
人間で言えば足裏。
ippon bladeで言えば、歯が接地している位置。
その上に重心が乗っている時、身体は床反力を受け取りやすくなります。
逆に、頭だけを前へ倒し、重心が支持基底面から大きく外れてしまえば、床反力を受け取り続けることは難しくなります。
だから、床反力を活かすためには、地面を強く蹴ることよりも、身体を適切な位置へ置くことが重要です。
多くの人は、頑張って地面を蹴ろうとします。強く踏もうとします。力で押そうとします。
ですが、本当に必要なのは、地面を無理に押すことではありません。
重力を受け入れ、身体を適切な位置へ置き、自然に返ってくる反作用を受け取ることです。
力で床反力を作ろうとするほど、身体は力みます。
一方、床反力を受け取れる位置へ身体を置けるほど、身体は軽くなります。
だから、ippon bladeで大切なのは、床反力を作ることではなく、床反力を受け取ることです。
床反力とは、単なる物理現象ではありません。
重力との対話です。
Q. 「上下動してはいけない」と言われますが、本当ですか?
ランニングの世界では、「無駄な上下動をなくしましょう」という言葉をよく耳にします。
確かに、過剰な上下動はエネルギーロスになります。必要以上に跳び上がれば、その分だけ着地衝撃も増えます。
ですが、だからといって、上下動そのものを消そうとするのは間違いです。
なぜなら、人間の身体は本来、弾む構造を持っているからです。
足裏。
アキレス腱。
ふくらはぎ。
ハムストリング。
筋膜。
背骨。
これらは全て、バネのような性質を持っています。
床反力を受けるということは、身体が少し持ち上がるということです。
問題は、上下動そのものではありません。
その弾むエネルギーを、どこへ変換するかです。
上へ逃がせば、ただの跳ねになります。
前へ変換できれば、推進力になります。
膝の抜き上げに変換できれば、脚の回転が軽くなります。
接地衝撃の吸収に変換できれば、身体への負担が減ります。
優れたランナーを見ると、身体は確かに上下しています。ですが、無駄に跳ねているようには見えません。
それは、上に弾む力を、脚の回転や骨盤の移動、前方への推進へ変換しているからです。
逆に、上下動を消そうとして身体を固めると、床反力そのものを受け取れなくなります。
すると身体は沈みます。
重心が下がります。
脚で走るしかなくなります。
疲れやすくなります。
スピードも出にくくなります。
故障もしやすくなります。
正しくは、「上下動してはいけない」ではありません。
「無駄な上下動は減らす」です。
そして、無駄を減らした上で、身体本来の弾性と床反力は積極的に利用する必要があります。
ippon bladeでも同じです。
床反力によって身体が軽くなり、重心が持ち上がる。その浮いたような状態から、軸の傾きによって重心を移送していく。
その結果として、歩くことも、走ることも、より自然になります。
上下動を消すのではなく、上下動を推進力へ変換する。
それが床反力を活かすということです。
Q. なぜ慣れると浮いているように感じるのですか?
ippon bladeを続けている人から、「浮いているような感覚になった」「身体が軽くなった」「地面に触れているのに浮いている感じがする」と言われることがあります。
ですが、これは神秘的な話ではありません。
身体に起きている現象です。
まず理解しなければならないのは、人間は常に重力の影響を受けているということです。
私達は普段、無意識に身体を支えています。
立っている時も、歩いている時も、走っている時も、重力によって下へ引かれています。
そのため、多くの人は無意識に筋力で身体を支えようとします。
脚で支える。
腰で支える。
肩で支える。
首で支える。
すると身体は重くなります。
ところが、重心位置が整い、支持基底面の上で床反力を受け取れるようになると、状況が変わります。
身体を筋力だけで支える必要が少なくなります。
地面から返ってくる反作用が、身体を自然に持ち上げ始めるからです。
もちろん、体重が減ったわけではありません。重力が消えたわけでもありません。
ですが、床反力によって持ち上げられた重心を感じ取れるようになることで、身体を支える負担が軽くなり、結果として身体が軽くなったように感じるのです。
そして、ここで重要なのは、その持ち上がった重心をどう使うかです。
多くの人は、前へ進もうとします。走ろうとします。スピードを出そうとします。
しかし、実際にはその必要はありません。
床反力によって重心が持ち上がったら、その重心を軸の傾きによって移送するだけです。
すると、脚が自然についてきます。
歩こうとしなくても歩ける。
走ろうとしなくても走れる。
そんな感覚に近づいていきます。
これは、ほんのわずかにバランスを崩して進んでいるのではありません。
床反力によって持ち上げられた重心を、軸の傾きによって移動させているのです。
その結果として、身体は軽く感じられます。
また、身体が軽くなると、呼吸も変わります。視野も広がります。力みも減ります。動きも滑らかになります。
だから、浮いているような感覚とは、空を飛んでいるわけではありません。
重力が消えたわけでもありません。
重力と床反力のバランスが整い、身体が本来持っている弾性や反射機能を活かせるようになった状態なのです。
そして、その感覚をさらに安定させるために重要になるのが、次に解説する「一軸」と「二軸」という考え方です。
Q. 一軸と二軸とは何ですか?
ippon bladeでは、一軸が正しい、二軸が間違い、あるいは二軸が正しい、一軸が間違いとは考えません。
どちらも人間が本来持っている身体機能であり、状況や目的に応じて使い分けるものです。
まず二軸とは、左右両脚の軸で骨盤を安定させながら移動する状態です。
両脚で身体を支えることで、骨盤は安定し、身体全体は一本の筒のようになります。重心の左右動揺が少なく、静かで安定した移動が可能になります。
能の摺り足や和服での歩行などは、代表的な二軸的身体操作です。
一方、一軸とは、接地している片脚の支持軸の上へ、骨盤の重心と身体の中心軸を重ねる状態です。
武道でいう「腰を入れる」とは、本来この状態を指します。
腰をひねることでも、腰を落とすことでもありません。
骨盤の重心と正中軸を、片脚の支持軸へ重ねることです。
すると身体は一本の柱のようになり、接地した脚から床反力を効率よく受け取れるようになります。
モデルウォークは、歩行でありながら典型的な一軸動作です。片脚へ重心を乗せ、骨盤を移送しながら進んでいきます。
つまり、歩きだから二軸、走りだから一軸、という単純な話ではありません。
重要なのは、どこに骨盤の重心と正中軸を置いているかです。
歩行でも一軸は存在します。
走行でも二軸は存在します。
武道でも、スポーツでも、日常動作でも同じです。
安定性を優先したい場面では、二軸的な身体操作が有利になります。
瞬間的な加速や方向転換、跳躍や強い推進力を必要とする場面では、一軸的な身体操作が有利になります。
実際の人間の動作は、一軸か二軸かのどちらか一方だけで成立しているわけではありません。
歩行も、走行も、武道も、スポーツも、その両者を連続的に行き来しています。
ippon bladeは、その違いを非常にわかりやすく教えてくれます。
一本の歯の上では、重心位置のズレをごまかせません。
骨盤の重心と正中軸が支持軸へ重なれば安定する。
重ならなければ不安定になる。
非常にシンプルです。
大切なのは、一軸を目指すことではありません。二軸を目指すことでもありません。
双方の特性を理解し、必要に応じて自在に使い分けられることです。
Q. 視線は身体にどんな影響を与えるのですか?
身体操作を学び始めると、重心、骨盤、床反力、筋肉などに意識が向きがちです。
ですが実際には、それらと同じくらい重要なものがあります。
それが視線です。
人間は目で見た情報を元に、無意識に身体の位置を調整しています。
つまり、視線が変われば、重心も変わります。姿勢も変わります。筋緊張も変わります。バランスも変わります。
例えば、目の前の足元ばかり見ている人は、頭が下がりやすくなります。
首が前へ出ます。
背中が丸まります。
呼吸も浅くなります。
すると重心は下がり、身体は力みやすくなります。
逆に、遠くを見過ぎると、今度は足元の情報が不足します。特に不整地では危険です。
つまり、視線は高過ぎても低過ぎてもいけません。
大切なのは、状況に応じて使い分けることです。
また、視線は平衡感覚にも大きく関わっています。
人間のバランス能力は、筋力だけで成り立っているわけではありません。
視覚。
前庭覚。
体性感覚。
この三つが協調することで、身体はバランスを保っています。
前庭覚とは、内耳にある重力や加速度を感じ取る感覚です。身体が傾いたり、回転したり、加速したりした時、その情報を脳へ送っています。
そして、視覚と前庭覚は常に連携しています。
だから、視線が安定すると身体も安定します。逆に、視線が忙しく動くと身体も不安定になります。
実際、一本歯下駄に初めて乗る人を見ると、足元ばかり見ています。
すると、余計にバランスを崩します。
なぜなら、身体が足元へ引っ張られるからです。
一方で、慣れてくると、視線は自然に遠くなります。周囲全体を見るようになります。
すると、不思議なことに身体も安定し始めます。
これは精神論ではありません。
視線によって、重心位置や筋緊張が変化しているからです。
武道でも、舞踊でも、スポーツでも同じです。
優れた選手ほど、一点だけを見ていません。
必要な対象を見ながら、同時に周囲全体も感じています。
いわゆる「見る」と「観る」の違いです。
視線とは、単に景色を見るためのものではありません。
身体の向きを決めるものです。重心の方向を決めるものです。そして、身体全体のバランスを調整する重要なセンサーでもあります。
だから私は、身体を変えたければ、まず視線を変えてみることを勧めています。
重心を変えること。
視線を変えること。
この二つは、とても深く繋がっているのです。
Q. ナンバとは何ですか? 江戸走りとは何ですか?
近年、「ナンバ走り」や「江戸走り」という言葉を耳にする機会が増えました。
ですが、まず理解しておきたいことがあります。
それは、「江戸走り」という名称は、江戸時代から伝わる正式な呼称ではないということです。
現在この名称は、一部の研究者や指導者、個人活動家などが、日本の伝統的な身体文化や移動技術を現代的に再解釈する中で用いている呼称の一つです。
つまり、「江戸走り」という統一された流派や歴史的名称が存在していたことを示す明確な史料は確認されていません。
しかしその一方で、
飛脚、
武士、
農民、
職人、
山伏など、
当時の人々が行っていた身体操作や移動技術そのものは確かに存在していました。
現在「江戸走り」と呼ばれているものの多くは、それらを現代的な視点から研究し、再構成した身体技法や身体観であると私は理解しています。
また、「ナンバ」という言葉にも様々な解釈があります。
私の考えでは、ナンバとは四足動物に見られる側対歩の原理を、直立二足歩行へ応用した身体操作の一つです。
犬や猫、馬などが歩く時、同じ側の前脚と後脚が連動する歩き方があります。
人間は直立しているため、そのまま再現することはできません。
ですが、その連動原理を身体操作として利用することはできます。
つまり、ナンバとは特定のフォームではなく、身体の連動方法の一つなのです。
そして、ここが最も重要な点です。
ナンバであっても、
クロスモーションであっても、
一軸であっても、
二軸であっても、
最終的に行っていることは同じです。
重心を移送しているのです。
タイミングや連動方法は違っても、重心移動という本質は変わりません。
だから私は、ナンバだけを特別視しません。
クロスモーションも使います。
ナンバも使います。
一軸も使います。
二軸も使います。
身体をうねらせることもあります。
うねらせないこともあります。
状況によって最適解は変わるからです。
大切なのは、どの流派が正しいかではありません。
どのスタイルが優れているかでもありません。
その場面で、どの身体操作が合理的かです。
そして、その合理性を決めるのは、流行やイメージではなく、重心移動と床反力という普遍的な原理なのです。
Q. 日本的な身体の使い方と、西洋的な身体の使い方は何が違うのですか?
近年、「日本人の身体の使い方は優れている」、あるいは「西洋の身体の使い方は非効率だ」という主張を見かけることがあります。
ですが、私はそうは考えていません。
まず理解しなければならないのは、身体は環境に適応するということです。
和服文化。
草履文化。
刀文化。
畳文化。
山道。
農作業。
武道。
そうした環境の中で発達してきた身体操作があります。
一方で、
ブーツ文化。
石畳。
舗装路。
馬文化。
スポーツ文化。
狩猟文化。
そうした環境の中で発達してきた身体操作もあります。
つまり、どちらが優れているかではなく、どの環境に適応しているかの違いなのです。
一般的に、日本的な身体操作は求心的です。
中心へ集める。
身体をまとめる。
軸へ収束させる。
力を一点へ集約する。
武道や能、茶道などにもその傾向が見られます。
一方、西洋的な身体操作は遠心的です。
外へ広げる。
空間を大きく使う。
四肢を伸ばす。
大きな可動域を利用する。
陸上競技や球技などにもその特徴が見られます。
ですが、求心性だけでも不十分です。遠心性だけでも不十分です。
求心性だけでは、動きが小さくなります。遠心性だけでは、軸が失われます。
本当に重要なのは、両者を統合することです。
軸があるから広がれる。
広がれるから軸が活きる。
呼吸も同じです。
吸うだけでは生きられません。吐くだけでも生きられません。
中心へ集める力と、外へ広げる力。
身体操作にも両方が必要です。
武道の達人が強いのは、身体を固めているからではありません。必要な瞬間だけ求心性を高め、必要な瞬間だけ遠心性を利用しているからです。
優れたスポーツ選手も同じです。大きく動いているように見えても、身体の中心軸を失っていません。
つまり、日本的か西洋的かという議論そのものが本質ではありません。
本質は、重心移動、床反力、支持基底面、骨盤の重心、正中軸といった普遍的な原理を理解しているかどうかです。
その原理を理解した上で、求心性も使える。遠心性も使える。一軸も使える。二軸も使える。ナンバも使える。クロスモーションも使える。
状況によって自在に切り替えられる。
それこそが、ippon bladeが目指している身体です。
特定の流派に縛られることでも、特定の文化を崇拝することでもありません。
日本の叡智も学ぶ。
世界の叡智も学ぶ。
そして、その両方を軸で統合する。
それがippon bladeの考える身体の在り方です。
Q. 坂道や階段はどのように攻略すればよいのですか?
平地と同じ身体の使い方を、そのまま坂道や階段に当てはめようとすると苦しくなります。
なぜなら、坂道や階段では、重力との関係が変わるからです。
まず上り坂です。
上り坂では、骨盤をやや前傾させます。
重要なのは、頭を前へ倒すことではありません。骨盤の重心を前へ送り、身体全体を坂へ預けていくことです。
その状態から、ハムストリングと臀筋を利用して地面を押し下げます。
すると、床反力によって身体が持ち上がり、自然に前へ進めます。
多くの人は、上り坂になると脚力だけで登ろうとします。しかし、筋力だけで登ろうとするほど疲れます。
重要なのは、脚で登ることではなく、重心を運ぶことです。
長い上り坂では、常に大きく蹴る必要もありません。
疲れてきたら、背中を抜き、歩幅を小さくし、アキレス腱や足底筋膜の伸張反射を利用しながら、小股でリズム良く進む方が効率的です。
次に下り坂です。
下り坂で怖いのはスピードです。
前へ倒れれば倒れるほど、重力によって加速します。
そこで重要になるのが骨盤後傾です。
骨盤をわずかに後傾させ、重心を後方へ調整します。アクセルを戻し、ブレーキを使うイメージです。
初心者ほど、脚だけで止めようとします。すると、太腿前面や膝へ大きな負担が集中します。
本来は、脚で止めるのではなく、重心位置で制御します。
まず骨盤後傾で速度を調整する。慣れてきたら、徐々に骨盤を立て、床反力を利用しながら進む。
その方が身体への負担も少なくなります。
階段も基本的な考え方は同じですが、坂道よりもさらに一段ごとの重心移動がはっきり現れます。
上り階段では、上の段へ足を置いたら、太腿前面で身体を引き上げるのではなく、ハムストリングと臀筋を使って骨盤を押し上げます。
脚で登るのではありません。
骨盤を持ち上げるのです。
この時、頭だけが前へ突っ込むと、膝や腰に負担がかかります。骨盤の重心を上の段へ送り、その上に身体を乗せていく感覚が大切です。
一段飛ばしをする場合も同じです。
大きく脚を伸ばして登るのではなく、骨盤の重心を次の段へ運び、そこへ身体全体を移していきます。脚はそのための支えであり、主役は重心移動です。
一方、下り階段では、足から降りるのではなく、骨盤から降ります。
骨盤の重心を次の段へ送り、その後に足がついていく。
そうすると、膝への負担は大きく減ります。
怖さがある人ほど、足元だけを見て、脚でブレーキをかけようとします。すると太腿前面が固まり、膝に負担が集中します。
そういう時こそ、骨盤をわずかに後傾させ、重心の落ちる速度を調整します。
必要であれば手すりを使って構いません。大切なのは、手すりに頼るかどうかではなく、重心がどこにあり、どのタイミングで次の支持基底面へ移るかを感じることです。
階段は、日常の中にある最も身近な重心移動の練習場です。
上りではアクセル。
下りではブレーキ。
平地へ戻る時にはニュートラル。
この切り替えを非常に分かりやすく体感できます。
坂道や階段とは、脚力を競う場所ではありません。
重力との付き合い方を学ぶ場所です。
Q. 石畳や砂利道、不整地ではどのように歩けばよいのですか?
平坦なアスファルトと、石畳、砂利道、山道などの不整地では、身体の使い方が変わります。
なぜなら、地面そのものが不安定だからです。
平地では、多少雑に接地しても問題にならないことがあります。しかし、石や砂利の上では、接地した瞬間に地面が動きます。
その時に、足裏全体へ体重を乗せ切ってしまうと、足首が捻れたり、膝や股関節へ負担が伝わったりします。
そこで重要になるのが母指球です。
不整地では、母指球へ意識を置きます。特に、足が外側へ捻れないように注意します。
人間は不安定になると、小指側へ逃げやすくなります。ですが、その状態では踏ん張りが利きません。
母指球側へ荷重を残しておくことで、重心をコントロールしやすくなります。
もう一つ重要なのは、体重を乗せ切らないことです。
石や砂利の上では、「乗る」のではなく、「確認する」に近い感覚です。
足が完全に沈み込む前に、次の足へ重心を移していきます。
そのためには、歩幅を狭くします。
大股で歩くほど、片脚へ体重が集中します。小股で歩けば、常にバランスを取り続けやすくなります。
濡れた石畳や苔むした路面では、さらに注意が必要です。
このような場所では、足の筋力だけで制御しようとすると滑ります。滑る地面に対して足で抵抗しようとするほど危険になります。
そういう場面では、骨盤の前傾後傾を利用して速度を調整します。必要以上に片脚へ乗り込まず、二軸的な感覚を強く使います。
そして、接地した脚に完全に乗る前に、股関節から次の脚を抜いていきます。いわゆるピッチを上げるイメージです。
不整地ほど、身体は正直です。
ごまかしは効きません。
だからこそ、石畳や砂利道は、重心移動と足裏感覚を学ぶ最高の練習場でもあります。
Q. 鼻緒は足指で掴んだ方が良いのですか?
一本歯下駄について語られる時、「鼻緒を足指で掴む」という話をよく耳にします。
確かに、昔から下駄文化の中では、鼻緒を利用して歩く技術は存在していました。
坂道、石段、不整地など、鼻緒を利用した方が安全な場面もあります。
しかし、鼻緒を掴むことと、鼻緒を握り続けることは違います。
危険な場面で一時的に鼻緒を利用することはあります。
ですが、常に強く握り続ける必要はありません。
むしろ、握り続けるほど身体は力みます。
足指が緊張します。
足底筋群も緊張します。
ふくらはぎも緊張します。
その緊張は、膝、股関節、骨盤、背骨へと連鎖していきます。
すると、本来持っている反射機能や弾性も発揮しにくくなります。
また、鼻緒へ過度に依存した歩行は、中足骨へ負担を集中させることがあります。いわゆる「下駄骨折」と呼ばれる状態です。
もちろん、全ての人に起こるわけではありません。
ですが、鼻緒を強く握ることが正解だと考えるのは危険です。
ippon bladeが目指しているのは、鼻緒で身体を支えることではありません。
足裏で地面を感じ取ることです。
特に重要になるのは、母指球と小指球です。
多くの人は足指ばかりに意識が向きます。しかし実際には、身体を支えているのは足裏全体です。
母指球。
小指球。
踵。
そして、そこから伝わる床反力。
鼻緒は、その感覚を補助するための存在に過ぎません。
主役ではありません。
だから、まずは鼻緒を握ろうとしないことです。
足裏で立つ。
足裏で感じる。
足裏で操作する。
その結果として、必要な場面では自然に鼻緒も利用される。
その順番が大切です。
鼻緒ばかり意識している人ほど、地面への意識が薄くなります。
逆に、地面を感じられる人ほど、鼻緒を意識しなくなります。
ippon bladeは、足指だけを鍛えるためのものではありません。
足裏全体を使い、重力と床反力を感じ取り、身体全体を統合していくためのものです。
Q. なぜippon bladeは身体の癖が分かるのですか?
ippon bladeを履いた人から、「自分の癖がよく分かった」「左右差に気づいた」「今まで気づかなかった身体の使い方が見えてきた」と言われることがあります。
なぜでしょうか。
それは、一本の歯の上では、ごまかしが効きにくいからです。
普段の生活では、多少重心がズレていても、多少姿勢が崩れていても、靴や地面が補ってくれます。
筋力で支えることもできます。無理やりバランスを取ることもできます。
ですが、一本の歯の上では、その補正が大きく減ります。
すると、身体が本来行っている操作が見えやすくなります。
例えば、右へ重心が偏っている人。左脚ばかり使っている人。骨盤が傾いている人。視線が安定しない人。肩に力が入りやすい人。
そうした特徴が、非常に分かりやすく現れます。
もちろん、それは悪いことではありません。
むしろ、気づけることが重要です。
人間の身体には、それぞれ歴史があります。
年齢。
仕事。
スポーツ経験。
怪我。
生活習慣。
利き手。
利き脚。
その全てが、今の身体を作っています。
だから左右が完全に同じ人など存在しません。
問題は、左右差があることではありません。
その状態を認識できているかどうかです。
実際、身体は無意識に効率を求めます。
使いやすい側ばかり使う。
得意な動きばかり使う。
すると、身体はどんどん偏っていきます。
しかし本人は慣れてしまっているため、それが普通になります。
ところが、ippon bladeに乗ると、その偏りが分かりやすく現れます。
右は立ちやすいのに、左は立ちにくい。
右回りは得意なのに、左回りは苦手。
あるいはその逆。
本人にとっては突然現れた問題のように感じます。
ですが、実際には元々あったものが見えるようになっただけです。
だから私は、ippon bladeは身体を矯正するものではないと考えています。
まずは知ること。
まずは感じること。
まずは認識すること。
それが最初です。
そして、認識できるようになると、身体は少しずつ変化を始めます。
なぜなら、脳は認識できないものを修正できないからです。
身体の癖とは、敵ではありません。
自分自身を知るための情報です。
ippon bladeは、その情報を非常に分かりやすく見せてくれる鏡のような存在なのです。
Q. ippon bladeは特定の走法を身につけるためのものですか?
結論から言えば、違います。
私は、ナンバ走りを教えたいわけでも、江戸走りを教えたいわけでも、一軸走法を教えたいわけでもありません。
もちろん、それらには学ぶべき要素があります。
実際に私自身も研究してきました。
ですが、どの走法も万能ではありません。
どの身体技法にも長所があります。同時に短所もあります。
ナンバ的な身体操作は、身体の捻りを抑えながら移動しやすく、和服や荷物の運搬とも相性が良いでしょう。
一方で、現代スポーツのように大きな推進力や瞬発力を必要とする場面では、クロスモーションの方が有利になることもあります。
一軸的な身体操作は、強い床反力や推進力を得やすくなります。
しかし、安定性を優先する場面では、二軸的な身体操作の方が合理的なこともあります。
つまり、どの走法が正しいかではなく、どの状況で何を使うかです。
これは武道でも同じです。
構えは一つではありません。技も一つではありません。状況によって使い分けます。
身体操作も同じです。
だから私は、フォームを覚えることよりも、原理を理解することの方が重要だと考えています。
重心移動とは何か。
支持基底面とは何か。
床反力とは何か。
骨盤の重心とは何か。
正中軸とは何か。
それらが理解できれば、ナンバも理解できます。クロスモーションも理解できます。一軸も二軸も理解できます。
そして、状況に応じて自然に使い分けられるようになります。
ippon bladeは、特定の流派を作るためのものではありません。
身体の可能性を狭めるためのものでもありません。
むしろ逆です。
様々な身体文化や運動技術の共通原理を理解し、それらを統合するためのものです。
型に縛られることではなく、原理を理解すること。
そして、状況に応じて自在に身体を使い分けられること。
それこそが、本来の身体の自由さです。
Q. ippon bladeが目指している身体とは何ですか?
ここまで、重心移動、支持基底面、骨盤前傾・後傾・立位、床反力、上下動、浮遊感、一軸と二軸、視線、ナンバ、日本的身体操作と西洋的身体操作、坂道や階段、不整地、鼻緒、そして身体の癖についてお話してきました。
すると、「結局、どのフォームが正しいのですか?」という質問を受けることがあります。
ですが、私は今でも、正しいフォームは一つではないと考えています。
なぜなら、人間は環境によって身体の使い方を変えているからです。
平地と山道は違います。
上り坂と下り坂も違います。
和服とスポーツウェアも違います。
武道と陸上競技も違います。
若者と高齢者も違います。
身体の状態も、年齢も、目的も、環境も違います。
それなのに、一つのフォームだけを絶対視することはできません。
だからippon bladeが目指しているのは、特定のフォームではありません。
特定の流派でもありません。
特定の理論でもありません。
目指しているのは、状況に応じて自在に身体を使い分けられることです。
前傾も使える。
後傾も使える。
ニュートラルにも戻れる。
一軸も使える。
二軸も使える。
ナンバも使える。
クロスモーションも使える。
求心性も使える。
遠心性も使える。
必要な時に必要な身体操作を選択できる。
それが本当の意味で自由な身体だと私は考えています。
そして、その中心にあるのが軸です。
軸があるから、前へも行ける。
後ろへも行ける。
大きくも動ける。
小さくも動ける。
静かにもなれる。
力強くもなれる。
軸がない自由は、ただの不安定です。
しかし、軸のある自由は、無限の可能性になります。
私が本当に伝えたいのは、形そのものではありません。
身体の可能性です。
重力と床反力の関係。
重心移動の原理。
人間が本来持っている身体能力。
ippon bladeは、速く走るためだけのものではありません。
健康のためだけのものでもありません。
競技のためだけのものでもありません。
身体を知り、身体を感じ、身体を育てるためのものです。
その結果として、歩くことが変わる。走ることが変わる。立つことが変わる。そして、身体との向き合い方そのものが変わっていく。
私は、その可能性を信じています。
完璧な答えがあるわけではありません。
だからこそ、実践し、検証し、学び続ける。
ippon bladeは、その探究を支えるための一つの入り口です。
もしこの文章が、皆さん自身の身体を見つめ直すきっかけになれば幸いです。
そして機会があれば、ぜひ実際にippon bladeを履き、重力と床反力、そして自分自身の身体との対話を楽しんでみてください。
それが、私の考えるippon bladeの本当の入口です。