2016年、東京の皇居を中心に、一本歯下駄の練習会「下駄練」が始まりました。呼びかけたのは、小平天(TEN)。集まった仲間と立ち方や歩き方を学び、一緒に走るうちに、マラソン大会へ挑む人も増えていきました。
練習会や大会で得た経験をもとに、TENは木工職人モクエンと新しい一本歯下駄を共同開発しました。白山への移住、制限時間1秒前の100km完走、試作品での挑戦と改良を経て、2018年にippon bladeを発売します。
その後、綾理と共に活動するようになり、ヨガやコンディショニングにも取り組んできました。各地の主催者に支えられて全国を回り、指導者を育て、海外でもippon bladeを紹介。2026年には、春野のスタジオTENARIが本オープンしました。
下駄練の始まりから、ippon bladeの開発、仲間たちの活躍、そして現在のTENARIまで。写真とともに、10年の歩みを振り返ります。
01|自然の中で知った、身体を動かす喜び
TENは幼い頃から運動が苦手でした。結果を求めて無理なトレーニングを重ねた時期もありましたが、やがて、鍛えることに偏っていた自分のやり方を見直すようになります。人間の身体は、本来どのように動くものなのか。自分の身体を通じて、その動きや感覚を探り始めました。
その原点の一つが、西表島でネイチャーガイドやマリンインストラクターとして働いた経験です。裸足で山を駆け、海に入り、地形や風、気温の変化を感じながら動く。そうした暮らしを通じて、自然の中で身体を動かす喜びを知りました。
2013年に東京へ戻ってからは、フィットネスの指導をしながら、裸足や一本歯下駄で歩き、走るようになりました。一本歯下駄を履くと、普段は意識しない立ち方や歩き方にも、改めて気づかされました。
平らな道と坂道では、身体の動かし方も重心の移し方も変わります。街や山を歩きながら、足元の変化が全身にどう伝わるのかを、一歩ずつ確かめました。足だけに意識を向けず、全身の動きと地面の状態を感じ取ることを大切にしてきました。

一本歯下駄での走りを探る中で、TENは、SNSグループで広まっていた誤った走り方を見過ごせなくなりました。言葉で説明するだけでは伝わらないなら、自分が大会で走って見せよう。その思いから、マラソン大会への出場を決めました。
02|身体の使い方を学ぶ練習会「下駄練」の始まり
当時、TENは一本歯下駄の愛好家が集まるSNSグループに参加していました。すでに履いている人も、これから始めたい人も情報を交換し、参加者は1000人を超えていました。一本歯下駄でマラソン大会に出る人も現れ、関心が高まっていた頃です。
ところが、グループ内では誤った走り方も広まっていました。TENはコメントで問題を指摘し、身体の使い方を伝えようとしましたが、やり取りを重ねても状況は変わりませんでした。初心者が怪我をしたという話も聞き、このままではいけないと感じていました。
コメントで伝えるだけでは限界がある。それなら、自分がマラソン大会に出て、本来の身体の使い方で走る姿を見せよう。そう決意したTENは、SNSグループを抜けました。自ら走って示すとともに、実際に顔を合わせて教え、一緒に練習できる場をつくることにしたのです。
こうして2016年に立ち上げたのが、一本歯下駄ランニング練習会、通称「下駄練」です。皇居を中心に仲間を募り、駒沢公園での練習や個人レッスンも行いました。大会への出場と並行して、参加者に身体の使い方を直接伝える活動を続けていきました。

練習は、まず立つこと、歩くことから始めました。同じ説明でも、身体の動き方や感じ方は人によって違います。参加者の動きを見て助言し、本人にも感覚を聞きながら、どうすれば動きやすくなるのかを一緒に確かめていきました。
初めて履く人、すでに走っている人、大会を目指す人。さまざまな人が集まり、練習するうちに、TEN自身も教えながら多くのことを学びました。この下駄練が、後のippon bladeの活動の原点です。

03|仲間とつないだ初めてのリレーマラソン
下駄練を始めた2016年、TENが一本歯下駄で初めて出場した大会は、いきなり柴又100kmウルトラマラソンでした。市販の一本歯下駄で挑みましたが、以前に傷めた左太もも裏のハムストリングスの影響もあり、50kmでリタイアしました。
その後、八ヶ岳縄文の里マラソンとタートルマラソン国際大会で、ハーフマラソンを完走しました。大会で気づいたことを普段の練習で試し、練習でつかんだ感覚を次の大会で確かめていきました。
下駄練を始めて約半年が経った秋には、仲間10人で味の素スタジアム6時間耐久リレーマラソンに出場しました。いつも一緒に練習している仲間と、一本歯下駄でタスキをつなぐ挑戦です。

大会に向けて時間を合わせ、皇居や駒沢公園で練習しました。当日はスタンドから仲間を応援し、次の走者へタスキを渡します。最後はTENが走り、チームで42.195kmを完走しました。
練習会で知り合った仲間と、一つの目標をやり遂げた大会でした。終了後は温泉や食事も楽しみ、練習以外でも親しく付き合うようになりました。下駄練のメンバーとは、こうしたリレーマラソンに計3回出場しています。

同年冬には、TENが伊豆大島マラソンのフルを完走しました。年末には下駄練の仲間も25人を超えました。初めて一本歯下駄を履いた人が皇居を一周できるようになり、日々の練習から大会へ進む人も増えていきました。
04|一本歯下駄で史上初の100km完走、下駄練の広がり
2017年春、TENは奥出雲ウルトラおろち100km遠足を15時間46分00秒で完走しました。人類史・マラソン史上初となる、一本歯下駄での100km完走です。ippon bladeの開発が始まる前で、この時に履いていたのは市販の一本歯下駄でした。
奥出雲でも、長い登りや雨、終盤の疲労に苦しみました。それでも、休みを取り、動き方を変え、周囲の声に励まされて進み続け、夜のフィニッシュゲートにたどり着きました。
この完走は、TENが自分の身体に自信を取り戻す大きなきっかけになりました。下駄練で人に教えることで、自分の理解も深まっていました。そこで学んだことを大会で試し、大会で気づいたことをまた練習会で伝える。そうした日々を重ねて、初めて100kmを走り切ることができました。

下駄練には、遠方から参加する人も増えていました。最初はほとんど走れなかった人が、練習を続けて皇居を一周する。さらにフルマラソンやウルトラマラソンへ挑む仲間も現れました。
TENは、自分で走ることと人に教えることを、どちらも続けてきました。大会で得られる経験がある一方、レッスンでは、自分とは違う身体の動かし方や感じ方を知ることができます。その両方を、次の指導に活かしていきました。
同年には、市販の一本歯下駄で榛名湖マラソンと伊豆大島マラソンのフルも完走しました。練習と大会出場を続けながら、自分の身体や走り方がどう変わっていくのかを確かめていました。

05|TENの発案とモクエンの製作——共同開発の始まり
長距離を走るようになると、市販の一本歯下駄を自分の足や動きに合わせる難しさも分かってきました。足に合わない形や鼻緒の緩みは、長時間動くうちに大きな負担になります。身体の使い方を工夫するだけでなく、下駄の構造そのものを考え直す必要があると感じていました。
2017年の日光ウルトラマラソンでは、いろは坂を登っている時に、周囲の自然と身体が一つになるような深い集中を経験しました。TENが「カラス天狗との出会い」と呼んでいる体験です。その時に感じた身体の旋回や軸のイメージが、新しい一本歯下駄を設計するヒントになりました。
同じ年には、一本歯下駄で白山にも登りました。下山後に立ち寄った旅館で、翌年の白山白川郷ウルトラマラソンのポスターを見つけ、出場を決めます。同行した石川県の猟師から住み込みの仕事を紹介されたことが、後に白山麓へ移住するきっかけになりました。
当時は練習会などで市販の一本歯下駄を紹介していましたが、やがて、自分たちで開発した製品に、身体ワークや解説動画も付けて販売したいと考えるようになりました。衣服の製作や海外での活動、ダンスへの応用、練習できる道場づくりなど、やってみたいことは次々に浮かんでいました。
2017年末、木工職人であり裸足ランナーでもあるモクエンと、オリジナルの一本歯下駄の開発を始めました。発案はTEN、製作はモクエン。二人で意見を交わしながら進めた共同開発です。
TENが自分の経験をもとに、どのような形や履き心地にしたいのかを伝え、モクエンが木工の技術で形にする。そうして二人でつくり上げたのが、ippon bladeです。
06|仲間と各地を巡ったフィールドツアー
下駄練では、皇居や公園で練習するだけでなく、各地を仲間と歩き、走るフィールドツアーも数多く開きました。街並みや自然を楽しみ、その土地の歴史にも触れながら、一本歯下駄で巡る催しです。
その一例が、2018年春に開催した「古都鎌倉 神仏習合一本歯下駄マラニック」です。一本歯下駄ランナー8人で、鎌倉から江ノ島まで、神社仏閣や街並みを巡りました。

観光地の人混みを抜け、車道沿いの狭い道や石段、山道も進みました。道の状態に合わせて動き方を変え、仲間の様子にも気を配りながら歩く。公園での練習とは違うことを、実際の道で学ぶ一日になりました。

第2回ではコースを変え、再び鎌倉を歩き、走りました。大会で距離や時間に挑むのも、景色や会話を楽しみながら巡るのも、一本歯下駄の楽しみ方です。

ツアーでは、坂や路面の変化に合わせて歩く練習ができ、長い時間を一緒に過ごすことで、参加者同士も親しくなりました。各地でツアーを開いた経験は、その後のワークショップや、春野での大会づくりにも活かされています。
07|東京を離れ、白山へ——未来を懸けた再出発
2018年5月、TENは東京での仕事をすべて辞め、石川県白山市へ移住しました。高齢者施設での運動指導や個人セッションの仕事は増えていましたが、忙しくなるほど、一本歯下駄の活動に使える時間がなくなっていました。これからやりたいことに取り組むため、慣れた仕事も暮らしも手放す決断でした。
同じ月、製品の開発と並行して「project ippon blade」の活動を始めました。子どもから大人まで、身体を動かす楽しさを知り、自分で考えながら練習できるようにしたい。そのために、製品の販売と指導を行い、一緒に学べる場もつくる。そして、この活動を日本から世界へ広げたいと考えていました。
白山麓での暮らしは、猟師の仕事を手伝うことから始まりました。地域の催しでは猪肉のハンバーガーを売り、訪れた人に一本歯下駄を体験してもらいました。TENを知る人は、まだほとんどいません。一人ずつ顔を合わせて紹介し、少しずつ指導の仕事を増やしていきました。

その後、住み込み先を移ることになり、白山一里野の温泉旅館「ろあん」で仲居として働き始めました。暮らしが落ち着かない中でも、モクエンとの開発は続けました。履いた時にどう動けるようにしたいのか、木でどうつくればよいのか。互いに意見を交わしながら、完成を目指しました。
考えていたのは、長距離を走ることだけではありません。自分たちで大会を開くこと、舞踊や芸術に取り入れること、日常で多くの人に履いてもらうことも目指していました。そのためにも、まず自分が一本歯下駄でどこまでできるのかを示したい。前年に出場を決めた白山白川郷100kmは、TENがこれからの人生を懸けて臨む大会になっていました。
08|13時間59分59秒——1秒前のゴールから、MIROKU発売へ
大会前夜、白山周辺では大雨が続き、コースの一部が通行止めになっていました。東京の仕事をすべて辞め、裸一貫で白山麓へ移り、この日に向けて準備してきた大会が、中止になるかもしれない。TENは一度、走る気力を失いかけました。それでも、天候は自分の力では変えられません。ここまで来られたことを受け止め、夜を迎えました。
2018年9月9日の明け方、雨が上がり、大会の開催が決まりました。スタート地点には、石川県で出会った仲間が集まっていました。見送りに来てくれた人、一緒に出場する人。移住してからの数か月で知り合った人たちに囲まれて、スタートを迎えました。
この日、TENが履いたのは市販の一本歯下駄です。白川郷から白山白川郷ホワイトロードを登り、一里野へ下り、海に向かって進む100km。前年に完走した奥出雲の16時間に対し、制限時間は14時間でした。
45kmを過ぎる頃から、再び激しい雨が降り始めました。脚が疲れ、気力も尽きかけた時、66.6km地点のエイドで仲間が待っていました。励まされて走り出し、大雨と強風の中を85kmへ。そこでも、仲間が迎えてくれました。
残り15km。海沿いの道では、濡れた砂に下駄の歯が沈みました。一歩ごとに歯を引き抜き、次の足を出します。疲れ切った身体で進み続け、残り5kmでは、人に声をかけられても答える余裕がなくなっていました。
「1分前」。ゴール会場からアナウンスが聞こえましたが、TENはまだ会場の外にいました。暗くて入口が分からず、足が止まりかけます。その時、「天ちゃーん!」と仲間の声が響きました。声のする方へ走ると、ようやくゴールテープが見えました。残り30秒。そして、10秒。
13時間59分59秒。14時間の制限まで、あと1秒。
ゴールと同時に倒れ込みました。気づくと、周りには名前を呼び、身体を支えてくれる人たちがいました。下駄の鼻緒も、最後の瞬間に切れていました。スタートを見送り、雨の中で励まし、暗い会場の入口で呼びかけてくれた仲間。その助けがあってこそ間に合った、1秒前のゴールでした。

TENにとって、この完走は自身のベストパフォーマンスであり、ランナー人生最大のドラマです。東京で築いた生活をすべて手放し、まだ実現していない未来のために走り切りました。一本歯下駄で2度目となる100km完走を果たし、次はいよいよ、モクエンと開発してきたippon bladeを世に出す時が近づいていました。
1か月後の2018年10月10日、モクエンが白山を訪れました。最終打ち合わせを経て、ippon bladeのプロトタイプが完成。TENが考え、モクエンが製作してきた一足を、ようやく二人で履いて確かめることができました。

実際に履いて動くと、図面や言葉だけでは分からなかったことも見えてきます。二人で履き心地や動きやすさを確認し、改良する点を話し合いました。

TENはその秋、試作品で能登すずウルトラマラソンと金沢マラソンに出場しました。どちらも完走はできませんでしたが、長時間走って分かったことをもとに、さらに改良を重ねました。
そして2018年11月11日、「ippon blade 369 MIROKU」を発売。東京・神田で完成と発売のお披露目イベントを開催しました。

白山での完走から、試作品での大会出場、改良、そして発売へ。自分の身体に合う一本歯下駄を求めて始めた開発が、ようやく多くの人に履いてもらえるところまで来ました。ここからは、製品をつくることに加え、履く人に身体を動かす楽しさを伝える活動も始まっていきます。
09|履き方を教え、一人ひとりに手渡す
MIROKUの発売と同時に、インストラクター制度を始めました。購入する方に製品の特徴や身体の使い方を伝え、その場で履いて練習してもらうためです。当初は必ずインストラクターがレクチャーを行い、一人ひとりに直接販売していました。
TENは東京と石川を行き来し、ワークショップを開きました。参加した人が友人を誘ったり、会場を用意してくれたりするようになり、やがて指導する仲間も増えていきました。モクエンが一足ずつ製作したippon bladeは、こうした紹介を通じて広まっていきました。
MIROKU発売から間もない2018年11月、下駄練からのメンバーである蓑島さんが、大田原マラソンでippon bladeによるサブ4(フルマラソン4時間未満)を達成しました。翌2019年には、100kmウルトラマラソンも完走しました。下駄練で一緒に練習してきた仲間が、新しく生まれたippon bladeで次々と結果を残していきました。

2019年春には、石川の仲間と金沢城リレーマラソンに出場し、ippon bladeで42.195kmのリレーを完走しました。移住先で知り合った人たちと、チームを組んで大会に出るまでになりました。

同年の皇居での練習会では、TENがレッスン、モクエンが採寸と販売を担当しました。まず裸足で足の使い方や腰の動き、身体のバランスを確かめ、次にippon bladeでエクササイズ、ステッピング、ランニングへと進みました。

発売から半年ほどで販売数は100本に達しました。前述の蓑島さんの100kmウルトラマラソン完走と販売100本達成を祝う会では、歌い手でもあるモクエンがライブを披露し、皆でお祝いしました。

購入した方とは、その後も練習会や大会で会う機会がありました。使ってみて感じたことを聞き、新たな挑戦を一緒に喜ぶ。そうした付き合いが続く中で、友人に紹介する人や、自ら指導を始める人も増えていきました。
10|北陸に広がる仲間と、ZENの発売
2019年秋、金沢城リレーマラソンで再びチーム完走を果たしました。下駄練で仲間とタスキをつないだ頃のように、今度は石川の仲間とippon bladeで走りました。

同年11月には「ippon blade 1000 ZEN」を発売しました。MIROKUに加えて新しいモデルを選べるようになり、日々の暮らしの中で履く人も増えていきました。
2019年には、製作者のモクエンもippon bladeで台湾のウルトラマラソンに出場し、完走しました。製作する本人も長距離を走り、使い心地を自分の身体で確かめていました。

北陸では、石川に続いて富山や福井でもワークショップを開くようになりました。各地のインストラクターや主催者が会場を用意し、参加者を募ってくれました。終了後も地域で練習を続ける人たちがいて、次の開催につながりました。
2020年には北陸3県を巡るワークショップツアーを行い、2022年には北陸のユーザーが500人を超えました。その頃には、岡山、兵庫、大阪、奈良、京都へも活動が広がっていました。
一度参加した人が練習を続け、次の開催時には新しい仲間を連れてきてくれる。そんなことが各地で起こるようになりました。TENと綾理が訪れていない間も、地元の人たちが練習や指導を続けてくれたことが、活動を広げる大きな力になりました。
11|綾理との出会いと、株式会社TENARIへの社名変更
2019年、TENは共通の友人の紹介で、ヨガインストラクターの綾理と出会いました。TENはippon bladeをヨガにも取り入れたいと考えており、綾理は自身の研究をもとに身体の指導を続けていました。身体や生き方について話すうちに互いに通じるものを感じ、同年秋から一緒に活動することが増えていきました。
綾理は株式会社AYARIを設立し、ヨガなどの指導を行っていました。一方のTENは、下駄練から始めた練習会や、ippon bladeの開発・指導を続けていました。二人がそれぞれの経験を活かして仕事をするようになったことが、現在のTENARIにつながっています。
2020年の結婚を機に、綾理がすでに設立していた株式会社AYARIを株式会社TENARIへ社名変更しました。TENは共同代表取締役に就任。ippon bladeの組織と活動を会社に統合し、二人で事業を進めるようになりました。
二人で活動するようになってからは、歩くことや走ることに加え、ヨガやコンディショニングでもippon bladeを使うようになりました。ランニング以外に関心を持つ人にも、身体の使い方を学んでもらえるようになりました。
綾理もTENと日々の練習を重ね、ippon bladeで50kmのウルトラマラソンを完走しました。女性として初めての、一本歯下駄による50kmウルトラマラソン完走です。綾理が自ら挑戦する姿やレッスンでの指導は、女性ユーザーが増える大きなきっかけになりました。

TENと綾理は、今もそれぞれに研究と練習を続けています。互いに気づいたことを話し合い、一緒にレッスンの内容を考えることもあれば、得意な分野を分担することもあります。そうして、二人でTENARIの活動を進めてきました。
12|豪徳寺のスタジオと、春野との最初のつながり
2020年、二人で東京・豪徳寺にスタジオTENARIを開きました。ippon bladeを体験したり、身体のレッスンを受けたりできる場所です。しかし、その直後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、緊急事態宣言が出されました。人が集まって練習することも、思うようにはできなくなりました。
同じ年、TENは浜松市天竜区春野町の「天狗の里駅伝大会」に出場しました。第5区の4.8kmを担当し、ippon bladeでタスキをつなぎました。後に暮らしと仕事の拠点になる春野を、この頃すでに走っていたのです。


活動の方法を模索する中、北陸3県を巡るワークショップツアーも行いました。スタジオでのレッスンと各地への出張を続け、地元の主催者や参加者との付き合いを深めていきました。
結婚と社名変更をしたこの年から、二人は仕事も暮らしも共にするようになりました。TENが移住し、開発や大会に取り組んだ白山も、二人にとって大切な土地になりました。
豪徳寺で始めたスタジオは、その後、浜松へ移ります。自分たちのスタジオを構えながら、各地へ出向く活動も続ける。この二つは、後に春野へ移ってからも続いています。
13|浜松を拠点に、各地の主催者と開いたワークショップ
2021年、活動拠点を浜松・舘山寺へ移しました。ホテル内のテナントにスタジオを構え、そこから各地のワークショップへ出向くようになります。
北陸では、20日間にわたるツアーも行いました。TENARIが企画・運営する回もあれば、地域の主催者と協力して開く回もありました。地元で日頃から指導している人たちに、TENと綾理も加わってレッスンを行いました。
各地の主催者は、会場探しや参加者への案内など、開催前から準備を進めてくれました。終了後も、その土地で練習会や交流を続けてくれる人がいました。全国を回れたのは、当日だけでなく、前後の活動も支えてくれる人たちがいたからです。

事業を続けながら、レッスンの内容も深めていく。そのために大切にしてきたのは、教える側も使う側も、自分の身体で試し、学び続けることでした。
「拡げれば薄まり、深まれば拓かれる。」
むやみに活動を広げるのではなく、一人ひとりが練習を重ね、理解を深めることで、次にできることが見えてくる。製品の販売数が増えても、その姿勢を大切にしてきました。
14|新たなメソッドとMUNIの発売、女性ランナーの活躍
2022年、TENと綾理は「TENARI conditioning flow」を立ち上げました。二人がそれぞれに続けてきた練習や研究をもとに、身体の使い方を学ぶメソッドとしてまとめました。
同年には、二本歯サンダル「ippon blade ∞ MUNI」を発売しました。2018年のMIROKU、2019年のZENに続く製品です。新しいモデルの開発と、その使い方を教えるレッスンを、どちらも進めていました。
この頃、舘山寺のホテル内テナントを退去し、アパートでの生活を経て、気賀の借家へ移りました。引っ越しをしながらも、各地でのワークショップやレッスンは続けていました。
綾理の活躍をきっかけに、女性ユーザーも急増しました。2022年には、普段の練習やレッスンで知り合った仲間と金沢城リレーマラソンに出場し、ippon bladeで20kmリレーを完走しました。下駄練の頃から続けてきたリレーへの出場にも、多くの女性が加わるようになりました。

同年秋の金沢マラソンでは、TENと綾理が共にippon bladeでフルマラソンを完走しました。


2018年にTENが試作品で出場し、完走できなかった金沢マラソンを、4年後には綾理と二人で走り切りました。石川で開発を進め、仲間と練習してきたことを思えば、感慨深い完走でした。
15|とびしま100km——TENが初めてippon bladeで完走
2022年冬、TENはとびしまウルトラマラニック100kmに出場しました。朝5時、まだ暗い中でのスタート。市販の一本歯下駄で100kmを完走した奥出雲、白山白川郷に続き、今度はippon bladeで同じ距離に挑みました。

走りながら、綾理と出会ってから、一緒に活動してきた日々を思い返していました。白山で未来を懸けて走った頃と違い、今は家族がいて、運営を手伝う仲間も増え、全国にippon bladeを履く人がいます。代表として結果を出さなければという思いもありましたが、自分の身体のリズムに合わせて走る楽しさも感じていました。
終盤は日が落ち、風が強くなりました。制限時間も迫ってきます。最後のエイドを出てからは、橋の上で強風に押され、歩くしかない場面もありました。それでも、その時の身体や天候に合わせて、一歩ずつ進み続けました。
沿道の声に励まされてゴールしたのは、15時間59分52秒。制限時間の8秒前でした。TEN自身にとって、ippon bladeで初めての100km完走です。喜びとともに、綾理や仲間、応援してくれた人たちの期待に応えられたという安堵があり、涙があふれました。

これで、TENが一本歯下駄で100kmを完走したのは3回目になりました。奥出雲と白山白川郷では市販の一本歯下駄を履いていましたが、とびしまでは、自分たちで開発したippon bladeで走り切ることができました。
大会では、当日の走りだけでなく、日々の練習や本番に向けた身体の調整からも多くのことを学びました。完走できた時も、途中でリタイアした時も、その経験を指導や次の活動に活かしてきました。
16|オンラインでも購入し、学べるように
2023年には、対面レッスンに加えて、オンラインでも継続して学べるようにしていました。TENと綾理が教える女性専用TENARIオンラインスクールでは、遠方に住む方も、自宅から受講できました。
同年、ippon bladeの全モデルを、レクチャー動画付きでオンライン注文できるようにしました。ワークショップやスタジオに来られない方も、購入して使い方を学べるようになりました。
発売当初は、採寸とレクチャーを行って直接手渡す方法が中心でした。オンライン販売を始めてからも、購入した方が自分で練習を続けられるよう、動画やオンラインレッスンで使い方を伝えています。
対面で一緒に練習する機会も大切にしています。新潟のピラティススタジオdoorで開いたワークショップでは、基礎を教えた後、屋外に出て歩き、走りました。実際に移動すると、室内とは違う距離感や、地面の変化も感じられます。
オンラインで学んだことを普段の練習で試し、対面レッスンでは動きを直接見てもらう。住んでいる場所や生活に合わせて学べるよう、レッスンの方法を増やしていきました。
TENも大会への出場を続け、この年は浜松シティマラソンのハーフをippon bladeで完走しました。指導や会社の仕事をしながら、自分の練習にも取り組んでいました。

17|日々の練習から、街歩きへ
2024年には、TENARIオンラインスクール、ippon bladeオンライン道場、対面・オンラインのレッスン、お稽古プランなどを用意していました。初めて履く方も、さらに練習を深めたい方も、続けて学べるようにしてきました。
同じ動きでも、練習を続けると感じ方が変わり、新しい疑問が出てきます。自宅で気づいたことや分からなかったことを次のレッスンで聞き、また試してみる。その繰り返しを大切にしています。
京都の一念寺で開いたワークショップでは、TENが開発の経緯や製品の特性、立ち方、歩き方、重心移動をレクチャー。その後、参加者とippon bladeを履き、真田紐の店まで歩きました。
室内で教わったことを、今度は実際の道で試してみました。歩きながら紐の結び方や体重のかけ方を確かめ、台座と真田紐の色合わせも楽しむ。レッスンと町歩きを合わせた催しになりました。
綾理の活躍をきっかけに、女性ユーザーも増えていきました。京都のワークショップにも多くの女性が参加し、着物や好きな装いにippon bladeを合わせて街歩きを楽しみました。

街や自然の中で歩きながら学ぶことは、下駄練のフィールドツアーから続けてきた方法です。製品やレッスンの内容が増えても、その楽しみ方は変わっていません。
同年には、TENが袋井クラウンメロンマラソンのフルをippon bladeで完走しました。地域の大会にも出場し、日々の練習の成果を確かめていました。
18|春野への移転と、事業を続けながらの拠点探し
2024年11月、TENARIは、綾理の実家がある浜松市天竜区春野町へ拠点を移しました。TENが天狗の里駅伝で走った春野が、今度は暮らしと仕事の場所になりました。
初めは、綾理の実家を住まいとスタジオにする予定でした。しかし、仕事と家族の暮らしを両立するため、別の場所を探すことになりました。住居が決まるまでの間、2025年春には、借りていた場所で一時的にテント生活を送る時期もありました。
住む場所を探しながら、仕事も続けなければなりませんでした。マルシェへの出店や各地への出張、オンラインレッスンを行い、注文や問い合わせにも対応していました。
そのような中でも、2025年4月の売上は、ippon blade発売以来の月間最高額を記録しました。生活が落ち着かない時期にも、製品を購入し、レッスンに参加してくださる方々に支えられていました。
この年もTENは浜松シティマラソンに出場し、ippon bladeでハーフを完走しました。仕事や練習を続けながら、安心して暮らし、長く人を迎えられる場所を探していました。

19|気田の家と、金峯山寺への奉納
春野で住まいを探していた時、地域への移住に関わる方と知り合い、気田の空き家を譲っていただけることになりました。話をするうちに、その方が、TENが以前に綾理へ贈った金峯山寺の入門書の著者だと分かりました。
そのご縁で金峯山寺を参拝し、漆塗りのippon bladeを奉納することになりました。一本歯下駄を通じて関心を深めてきた日本の文化に、自分たちの製品を奉納する形で関わることができました。

2025年5月、現在の春野町気田の家へ引っ越しました。まずは大掃除や片付けをし、地区の方々に挨拶に伺いました。出張や日々の仕事の合間に、少しずつ家を整えていきました。
ここでippon bladeを体験し、購入してもらい、ヨガや身体のレッスンも受けてもらう。さらに、訪れた方に春野の自然や文化を知ってもらえる場所にしたいと考えていました。
自分たちの希望だけで進めず、この土地で暮らしてきた人たちの思いも大切にしたい。家や庭を手入れし、地域の方々と付き合いながら、全国から人を迎える準備を進めました。
20|自分たちの大会を春野で開く
2025年、TENは飛騨高山ウルトラマラソン100kmに3回目の挑戦をしました。結果は57.2km地点の第3関門で制限時間に間に合わず、未完走となりました。
これまでの大会では、完走したことも、途中でリタイアしたこともありました。練習から本番までに身体がどう変わるか、コースや天候にどう対応するか、どこで続行や中止を判断するか。こうした経験を、自分たちが開く大会にも活かしたいと考えるようになりました。
自主大会の開催は、2018年にproject ippon bladeを始めた時からの目標でした。各地の大会やマラニック、ワークショップで学んだことをもとに、春野での開催に向けて準備を進めました。
2025年には、春野でプレ大会を開きました。出発前に立ち方や歩き方を練習し、その後は仲間と地域を巡りました。経験や体力に合わせて、歩く人も走る人も楽しめる大会を目指しました。
身体の使い方を教わってから、仲間と実際に歩き、走る。その間に春野の自然や文化も楽しんでもらう。下駄練やフィールドツアーで続けてきたことを取り入れ、プレ大会で分かったことを、翌年の第1回大会に向けた準備に活かしました。
各地の大会に出場を重ねる中で、TENと綾理は宝塚ハーフマラソンにゲストランナーとしても参加しました。

21|クラウドファンディングで実現したスタジオづくり
2025年秋、春野のスタジオを整えるため、TENARIとして初めてクラウドファンディングに挑戦しました。一本歯下駄を通じて身体の使い方を学び、春野の自然や文化も楽しめる場所をつくるためです。将来は海外からも人を迎えたいと考えていました。
レッスンを受けるだけでなく、人と出会い、ゆっくり滞在してもらえる場所にしたい。これまでの活動と、つくりたいスタジオについて、ワークショップの参加者やユーザーをはじめ、多くの方にお伝えしました。
全国から支援が寄せられ、クラウドファンディングは目標額の162%を達成しました。いただいた支援金をもとに、同年11月から本格的なリノベーション工事を始めました。
築40年の民家に天竜春野町の檜の床を張り、壁には漆喰を使いました。春野の土を使った蓄熱ストーブも設けました。支援してくださった方々と、改修を手がける方々のおかげで、古い家が人を迎えられるスタジオへと変わっていきました。


これまでは全国へ出向くことが多かった二人が、今度は各地で出会った人たちを春野へ迎えられる。スタジオができることで、長年続けてきた活動に、新しい楽しみが加わりました。
22|台湾のウルトラマラソン、ベルギーの展示会へ
仲間との大会出場は、海外にも広がりました。ippon bladeでウルトラマラソンを完走したメンバーによるチーム「ippon blade legends」は、2019年から2025年までに、台湾の100kmウルトラマラソンへ計3回出場しています。
TENと綾理、モクエンをはじめとする運営メンバーも、一緒に台湾のウルトラマラソンに出場しました。普段は仕事で協力している仲間と、海外の大会で同じコースに挑み、現地のランナーとも交流しました。

2025年の大会では、モクエンと蓑島さんが共に完走しました。仲間がそれぞれに練習を重ね、海外でも結果を残すようになりました。

同年には、海外販売サイト「ippon blade international」を開設しました。海外からも購入してもらえるよう、国内での販売や指導の経験を活かして準備を進めました。
2026年1月には、ベルギーの展示会「Salon des Vacances & des Loisirs」に出展しました。英語とフランス語でもippon bladeとTENARIを紹介し、会場では多くの来場者が体験。ベルギーのテレビ局にも取り上げられました。

会場では、言葉や文化が違っても、実際に履いてもらうことでippon bladeの特徴を伝えられました。開発前から考えていた海外での活動を、少しずつ実現してきました。
23|2026年2月、春野のスタジオTENARI本オープン
2026年2月、浜松市天竜区春野町気田にスタジオTENARIが本オープンしました。これまで何度も拠点を移してきた二人にとって、自分たちの所有する家に開く初めてのスタジオです。
レセプションには、クラウドファンディングの支援者40人以上が全国から集まりました。皆でippon bladeを履き、気田川まで歩きました。これまで各地のワークショップで会っていた人たちに、今度は春野の景色を楽しんでもらいました。

豪徳寺、舘山寺、気賀、そして春野へ。暮らしと仕事の場所を探してきた二人が、多くの方の支援と協力を受け、ようやく長く使える拠点を持つことができました。
スタジオでは、ippon bladeの体験と販売、ヨガ、パーソナルトレーニングを行っています。さらに、春野に滞在しながら身体を動かし、自然の中を巡り、人と過ごす時間も楽しんでいただけるよう、活動を広げています。
同年には「TENARI FIELD MEMBER」の募集も始めました。それぞれの地域で、スポーツや身体のケア、旅、地域文化を組み合わせた活動を目指すものです。春野を拠点にしながら、離れた地域の仲間とも協力していきます。
全国へ出張した後に帰ってくる場所ができ、遠方の仲間も訪ねてくれるようになりました。下駄練の頃と同じように、皆で集まって学び、練習することを、春野でも続けています。
正月に仲間とippon bladeで秋葉山へ登る催しも、恒例となりつつあります。新年に顔を合わせ、山を歩きながら、春野の自然や文化を楽しんでいます。


24|指導者を育てる講座と、ippon blade YOGA & conditioning
活動が広がるにつれ、指導者を育てる講座も整えてきました。公認指導者は、製品の構造や特徴、安全管理、基本的な使い方を学び、自分の仕事や専門分野に取り入れて指導します。
公式インストラクターは、指導に加えて製品の販売も行います。体験レッスン、サイズ選び、販売、購入後の相談まで担当し、購入した方が練習を続けられるようにサポートします。
2018年の発売時に始めたインストラクター制度をもとに、指導と販売で担う役割を整理してきました。教える人自身も学び続けられるよう、講座や練習の機会を設けています。
2026年には、綾理が考案した「ippon blade YOGA & conditioning」を日本語と英語で紹介しました。ヨガのアーサナを基に、ippon bladeの上でバランスをとり、重力との関わりを感じながら動くメソッドです。リズム運動や歩行も取り入れています。
TENと綾理が出会った頃から考えていた、ippon bladeをヨガに取り入れるという構想が、綾理の研究と練習を通じて具体的なメソッドになりました。TENの開発と綾理のヨガ指導、それぞれの経験があって生まれたものです。
同年秋には、TENARIセルフケアとippon blade公認指導者資格取得コースの第3期生募集も始めました。自分の身体について学びたい方も、身につけたことを人に教えたい方も、継続して学べる講座です。
25|100kmへの挑戦を振り返り、指導と大会づくりへ
2026年秋、TENはippon blade 369 MIROKUで壱岐ウルトラマラソン100kmに出場しました。約4か月にわたって身体づくりと練習を重ねましたが、結果は41.34kmでのリタイアとなりました。

この大会を節目に、TENは「開発者として、自ら結果を示し続けなければならない」という思いで挑んできた100kmに、一区切りをつけました。奥出雲、白山白川郷、とびしまの3度の完走と、それ以上に多かった未完走。そこで学んだことを、これからは指導や大会づくりにも、いっそう活かしていきたいと考えています。
それでも、ippon bladeで走る楽しさは変わりません。大会を目指して身体を整え、知らない土地を走り、思い通りにならない時には動き方を工夫する。代表としての責任とは別に、自分自身が走ることを楽しんでいる。その気持ちも大切にしながら、練習を続けています。
すでに、TENより速く走る人や、違う技術、楽しみ方を見つける人も現れています。そうした人たちが力を発揮できるよう、指導方法や安全基準を整え、経験を伝え合う機会も増やしていきます。立つ、歩く、走る、踊る。それぞれの取り組みを応援していきたいと考えています。
2026年11月8日には、「第1回 天竜春野一本歯下駄マラニック」を開催する予定です。前年のプレ大会をもとに、経験や体力に合わせて選べるコースを用意します。出発前には準備運動とレッスンを行い、コースではインストラクターが案内します。
気田川や街並み、山の景色、神社への道を、仲間と歩き、走る大会です。2016年の皇居での下駄練から、各地のフィールドツアーやワークショップまで、これまでに学んできたことを、春野での大会に取り入れていきます。
26|仲間と育てる身体文化——春野から世界へ
MIROKUとZENは、累計3000本以上を販売してきました。MUNIを含むシリーズ全体では、2026年6月時点で累計3500本以上になりました。

普段の暮らしで履く人、走る人、ヨガをする人、身体の使い方を研究する人、人に教える人。使う方がそれぞれに工夫を重ね、楽しみ方も増えています。
今では、日本各地のマラソン大会にippon bladeで出場するランナーが続々と現れています。フルマラソン、ウルトラマラソン、仲間で走るリレー。自分の目標に向かって練習し、大会に挑む人が増えています。
写真の皆さんは、「水戸一本歯會 Getaway」のメンバーです。チーム名のGetawayは、「Geta(下駄)」と「Getaway(気分転換の旅)」を掛けた言葉遊び。ippon bladeで走り、仲間と大会に参加する楽しみが、こうして地域のユーザーたちの間にも広がっています。




活動の様子は、新聞や専門誌、テレビでも紹介されてきました。金沢城リレーマラソンへの出場は北國新聞に、蓑島さんのippon bladeランニングは月刊『ランナーズ』に掲載されました。TENや綾理、モクエンだけでなく、各地のユーザーや指導者の活躍を通じて、ippon bladeを知る人も増えています。
これまでの取材・掲載は、ippon blade関連/取材・メディア掲載情報でご覧いただけます。
この10年は、下駄練の仲間、共に開発してきたモクエン、各地のインストラクターや主催者、そしてユーザーの皆さまに支えられてきました。会場を用意してくださった方、旅先で迎えてくださった方、春野のスタジオづくりを助けてくださった方。多くの方の協力があって、現在のTENARIがあります。
身体に合う一本歯下駄をつくり、その使い方を教え、一緒に練習できる場所をつくる。初めに考えていたことが、一つずつ実現してきました。今は、TEN一人が走って見せるだけでなく、多くの人が自分で試し、新しい使い方を考え、人に教えています。10年を経て、活動を担う人が全国に増えたことを、うれしく思います。
これからは春野に滞在し、スタジオで身体を動かしたり、山や川を巡ったり、食事や休息を楽しんだりしていただきたいと考えています。旅先で学んだことが、帰ってからの暮らしにも役立つ。そんな時間を過ごしてもらえるよう、日本各地から、そして世界から訪れる方々を迎えていきます。
これまで関わってくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。春野のTENARIを拠点に、全国や海外の仲間とともに、これからも活動を続けてまいります。
株式会社TENARI
大会記録|TENの一本歯下駄・ippon bladeでの実践
TENの個人完走13大会と、TENが参加したリレー4大会・駅伝1大会のチーム完走記録です。トレイル大会は含めていません。
タイム欄の「ネット」はスタートライン通過からの所要時間、「チーム」はリレー全体の記録を示します。
| 開催日 | 大会 | 履物 | 区分 | 完走記録 |
|---|---|---|---|---|
| 2016-09-11 | 八ヶ岳縄文の里マラソン | 一本歯下駄 | ハーフ | 2時間13分 |
| 2016-10-16 | タートルマラソン国際大会 | 一本歯下駄 | ハーフ | 2時間07分01秒(ネット) |
| 2016-11-05 | 味の素スタジアム6時間耐久リレーマラソン | 一本歯下駄 | 42.195kmリレー | 4時間57分57秒(チーム) |
| 2016-12-10 | 伊豆大島マラソン | 一本歯下駄 | フル | 5時間24分40秒 |
| 2017-04-15 | 奥出雲ウルトラおろち100km遠足 | 一本歯下駄 | 100km | 15時間46分00秒 |
| 2017-09-24 | 榛名湖マラソン | 一本歯下駄 | フル | 5時間17分25秒 |
| 2017-12-09 | 伊豆大島マラソン | 一本歯下駄 | フル | 4時間46分49秒 |
| 2018-01-14 | フロストバイトロードレース | 一本歯下駄 | ハーフ | 1時間55分46秒(ネット) |
| 2018-09-09 | 白山白川郷ウルトラマラソン | 一本歯下駄 | 100km | 13時間59分59秒 |
| 2019-05-12 | 金沢城リレーマラソン 春の陣 | ippon blade | 42.195kmリレー | チーム完走 |
| 2019-09-29 | 金沢城リレーマラソン 秋の陣 | ippon blade | リレー | チーム完走 |
| 2020-02-02 | 天狗の里駅伝大会 | ippon blade | 第5区・4.8km | チーム完走 |
| 2022-06-12 | 金沢城リレーマラソン 春の陣 | ippon blade | 20kmリレー | チーム完走 |
| 2022-10-30 | 金沢マラソン | ippon blade | フル | 5時間16分28秒 |
| 2022-12-11 | とびしまウルトラマラニック | ippon blade | 100km | 15時間59分52秒 |
| 2023-02-19 | 浜松シティマラソン | ippon blade | ハーフ | 2時間09分13秒(ネット) |
| 2024-12-08 | 袋井クラウンメロンマラソン | ippon blade | フル | 5時間23分58秒(ネット) |
| 2025-02-16 | 浜松シティマラソン | ippon blade | ハーフ | 2時間13分49秒(ネット) |
100km完走の記録
- 2017-04-15 奥出雲ウルトラおろち100km遠足|市販の一本歯下駄|15時間46分00秒
- 2018-09-09 白山白川郷ウルトラマラソン|市販の一本歯下駄|13時間59分59秒
- 2022-12-11 とびしまウルトラマラニック|ippon blade|15時間59分52秒
距離別の主な記録
| 距離 | 市販の一本歯下駄 | ippon blade |
|---|---|---|
| ハーフ | 1時間55分46秒(ネット) 2018 フロストバイト |
2時間09分13秒(ネット) 2023 浜松シティ |
| フル | 4時間46分49秒 2017 伊豆大島 |
5時間16分28秒 2022 金沢 |
| 100km | 13時間59分59秒 2018 白山白川郷 |
15時間59分52秒 2022 とびしま |
上表の個人完走記録から、距離別・履物別の最短タイムを掲載しています。
未完走となった主な大会
開発や継続した実践の過程には、次の未完走の大会もあります。
| 開催年月日 | 大会 | 履物 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 2016年6月 | 柴又100kmウルトラマラソン | 市販の一本歯下駄 | 50kmでリタイア |
| 2018年10月 | 能登すずウルトラマラソン | ippon blade試作品 | 未完走 |
| 2018年10月 | 金沢マラソン | ippon blade試作品 | 未完走 |
| 2025-06-08 | 飛騨高山ウルトラマラソン | ippon blade | 57.2km・第3関門で終了 |
| 2026-10-17 | 壱岐ウルトラマラソン | ippon blade 369 MIROKU | 41.34kmでリタイア |
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